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2013年3月23日土曜日

海外で会う人の大半はいい人です

ここまで、私が目の当たりにしてきた危険の数々をご紹介しました。

平和ボケした日本の中で、なかなか危険を感じる機会は少ないかと思いますが、私の経験を参考に、海外へ渡航される際には、気を引き締めていただけるとよいかと思います。

ただ、ここに書いた危険な体験は、私が海外旅行中に出会ってきた数々のいい人との思い出に比べれば、取るに足りません。



海外で出会う人たちの大半は、普通にいい人たちでした。人をだますような人は、ほんの一部に過ぎません。

ただ、そんなほんの一部の悪い人たちに、楽しい海外旅行が台無しにされることのないよう、私がお伝えしてきた治安対策法をぜひ参考にしていただければ幸いです。


■まとめ■

海外で出会う人の多くはいい人だが、中には悪い人もいて、実際に痛い目にも遭うかもしれません。ただ、すでに海外で痛い目に遭った人の体験談を聞いて、渡航前から渡航先での生活をイメージしていくことで、危険を減らすことは可能です。先人の経験を活かし、自分はリスクを回避しながら楽しく海外旅行・海外留学 をしましょう。

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2013年3月22日金曜日

危険体験特別編:逆に安全を感じた場面

知らない人にスーツケースを預けてでかける中年女性:スウェーデンにて

スウェーデンのベクショーという、人口7万人程度の都市に留学していたときのことです。



ベクショーに来てからまもなく、スウェーデンといえばIKEA!ということで、早速ベクショー近くの、世界中にあるIKEAの中でも記念すべき第一号店に行くため、ベクショー駅で電車を待っていたときのことです。

ふいに、あるスーツケースを持ったおばさんが声をかけてきました。最初はスウェーデン語で声をかけてきたのですが、私が理解していないとわかると、英語で「このスーツケースを観ていてくれる?」と言いました。

出発まで10分あるから、あそこの売店で果物を買いたいとのことでした。

もちろん、私はちゃんとカバンを見守っていましたが、スウェーデンは、見知らぬ人にスーツケースを預けてしまうくらい、安全な国なのだなと感じた瞬間でした。


けんかをすかさず止めるインド人の群れ:インドにて

インド人は、いろんなことに興味津々となる人たちです。



インド留学中、何度かインド人の間で喧嘩が始まるのを目にしました。そのとき、すかさず誰かが止めに入ります。

それも、数十人という暇な男が、わさわさと間髪置かず群れとなってやってくるのです。

私は、そのたびに、インド人は道徳心が強い人たちだなあと感じました。日本ではここまで積極的に喧嘩を止めようとする人は少ないかもしれないなと思いました。

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2013年3月21日木曜日

危険体験特別編:身近にいた人が遭った被害

中国語の先生が繰り返しスリに遭う:中国にて

中国の成都に留学していたときのことです。



私の中国語の先生は、中国で屈指の名門大学である四川大学でPhDを取り、かつどこをどう見ても20歳ちょっとにしか見えない、超かわいい33歳の先生でした。

その先生が、朝のバス通勤中に、スリに遭ってしまいました。財布を丸ごと盗られ、結構な額のお金とクレジットカードを盗られてしまったようです。

1週間程度が過ぎて、ある朝中国語の授業を受けるために、授業に出ると、先生が泣きながら入ってきて、もう授業になりません。

昨日新しいクレジットカードが届いたばかりなのに、また新しい財布が丸ごとスリで盗られてしまったとのことです。

学生の私たちは、もう今日の授業はしなくていいよ、クレジットカードを止めようと伝えていましたが、その先生は、最後まで授業をしてくれました。まともに授業にはなりませんでしたが、先生スピリットを感じました。

対策:その先生は、小さなバッグを肩にかけていましたが、チャックを開けて盗られる危険があります。カバンは前にかかえるようにして持ちましょう。

クラスメートがウルムチで財布を盗まれる:中国にて

これも、中国の成都で留学しているときです。

体が大きく、親が大学教授というあるクラスメイトが、ウルムチに旅行に行きました。

ウルムチと言えば、中国の中でも、かなり内陸部にあり、成都からは途方もない距離があります。

彼はウルムチで財布を盗られ、命からがら成都に戻ってきました。

対策:貴重品を複数に分けて管理する。


クラスメートがカバンをひったくられる:アメリカにて

東京・新宿にいたころから、留学に向けて一緒に勉強していた日本人の女友達が、わずかアメリカ留学3日目にして、早速カバンをひったくりされてしまいました。

大学を横切るメインの道路で、お昼の時間に女2人で歩いていたところ、突然後ろから男にカバンをひったくりされ、走って逃げられてしまったのでした。

この事件のために、直接の被害には遭わなかった、同じ時期に留学を開始した私たちは、身の回りのものには注意するなどの、治安対策には念を入れるようになったのは間違いありません。

なお、海外保険には入っていたため、被害金額分のお金は戻ってきたようです。

対策:肩にかけるカバンは、道路側に持たない。なるべく肩にかけるカバンは避ける。ちゃんと保険に入っておく。

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2013年3月20日水曜日

バスが派手に追突事故を起こす:アメリカにて

アメリカのリノで留学していたとき、私はいつものように、自転車で片道50分をかけて、柔術道場に通っていました。行く途中、道路でバスと車が接触事故を起こして警察が来ているのを見ました。



バスが、右折中の前の自動車に突っ込んで、大破させたようです。

日本では、バスが事故を起こすなんて考えられませんが、アメリカで起こっているのを見て、唖然としました。

対策:海外では交通事故がいつ起きてもおかしくないことを肝に銘じて行動する。


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2013年3月19日火曜日

偽Hotmailサイトでパスワード情報盗まれる:中国にて

上海留学中、大学近くのインターネットカフェでよくインターネットを使っていました。



ある日、いつもの通りインターネットカフェでインターネットを使っているとき、HotmailにログインしようとHotmailのホームページを検索しました。出てきたサイトにIDとパスワードを入力して、ログインをクリックすると、画面がそのまま消えてしまいました。

あれっ、おかしいなと思いながらも、そのままインターネットを使っていました。

その次にインターネットを使う機会があったとき、Hotmailを開くと、私の友人・知人の数人から、変なメール届いてるよと、メールが届いていました。

すぐに、持っているメールアカウントのパスワードをすべて更新しましたが、ひやひやしました。

対策:インターネットカフェのような、不特定多数の人が使う場所で、ログイン情報など、大事な情報を入力するようなことはしない。

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2013年3月18日月曜日

ぼったくりバー:中国にて

中国・成都での留学が終わり、東南アジア旅行を経て中国・上海に到着したときのことです。



滞在する大学寮に荷物を運びこんで、私は早速上海の繁華街観光に繰り出しました。

行き先は、南京東路です。

歩いていると、次から次へと女性が声をかけてきます。

「誰がひっかかるか」と思いながら歩いていると、ある2人組みの女性が声をかけてきました。最初は中国語で聞いてきたので、「中国語はわからないんだ」と英語で答えると、今度は英語で話しかけてきました。

「南京東路に行きたいんですけど、どこにありますか?」と聞いてきたので、「ここだよ」と伝えると、びっくりした様子。

話を聞いていると、台湾から旅行に来ているとのことで、英語ができるあたりや、雰囲気、コミュニケーション力あたりが、これまで成都で見てきたような中国人とは違い、もう少し洗練された感じを受けました。

そこで、話が弾んでしまっているうちに、「KFCに行こう」と言い出したので、「いいよ」と答えました。

ただ、近くにKFCがないようです。「カフェでもいい?」ということで、唐突にあるビルの2階にあるカフェに行くことになりました。そのカフェは、外の喧騒とは打って変わって、ほとんど客がいない空間でした。

カフェといっても、普通に食事ができるところで、食事を注文しました。そのときのメニューに載っている食事は、繁華街によくあるような、普通の費用でした。日本円で、普通の1000円ランチを食べるような費用なので、別に悪くありません。

普通に食べているうちに、その女性2人がワインを注文し始めました。「ワインなんていらねーよ」と思いながらも、その注文の仕方が唐突で、かつ食事の費用からしてそんなに高くないだろうと思ったので、そのままなすがままにしてました。

最後に、それでは帰ろうということで、立ち上がると、カフェのスタッフが請求書を私の方に突き出してきました。とっさに2人の女性を見ましたが、それに対して無反応を決め込んでいました。

「こいつら、俺をはめやがったな!!」

と、瞬間的に悟りました。請求書を見ると、食事の費用は普通に5000円くらいなのに、ワインの費用が4万5000円相当。

ありえねえ。でも、逃げ道はありません。身を切る気持ちでクレジットカードで全額支払いました。

その女性2人は、最後まで知らん振りで、私の「だましたな」というコメントも無視して、私を地下鉄まで見送りました。

次の日、大学のオリエンテーションが開始し、その際に交換留学プログラムのスタッフから「変なカフェに連れていかれて、多額の支払いを要求されて帰って来れなかった人がいるから、気をつけてね」と注意を受けました。

1日遅えよ!と思いながら、ショックの中オリエンテーションを無言で聞いてました。

対策:変な人にはついて行かない。

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2013年3月17日日曜日

ATMでお金を下ろした直後にスリ:ベトナムにて

中国・成都での留学が終わり、次の上海での学期が始まる前に、東南アジア旅行に行くことにしました。



成都から昆明に移動し、さらにバスでベトナムに入りました。そこからベトナムの首都ハノイに、ありえないくらいちんたら遅い電車で12時間ほどゆられた後に着きました。

中国からベトナムに入った時点では早朝6時ごろだったのですが、ハノイのホステルにチェックインしたときには、すっかり外は暗くなっていました。

ベトナム通貨を持っていなかったので、徒歩でハノイの中心部を見物しながら、銀行ATMを見つけてお金を下ろしました。下ろしたお金は、腹周りにつけていたポシェットの中にすばやくしまいました。

そのとき下ろしたお金は、アメリカドルで400ドル相当のベトナム通貨でした。

銀行ATMで下ろしてから、しばらく歩いていると知らないおばちゃんが声をかけてきました。

ベトナム語でせわしなく「XD@UOHDJI@*??」 「@NJBUI#Y*GVVG#??」と、聞いてくるのですが、もちろん私には何と言っているかさっぱりわかりません。

どうせお金払って女性に遊んでもらえる何かの紹介だろうと思って、当然私の方は無視して歩いていきます。

そして横並びで歩いていたそのおばちゃんが、だんだんとしゃべる声を大きくしながら、今度は私の前に回ってプッシュしてきました。

「You don’t understand!!」と言って最後に突き飛ばした後、そのおばちゃんは突然私に構うのをやめました。

あれはいったいなんだったんだ。。と思いながら、まさかと思って自分のポシェットを触ってみると、チャックが開いていて、中に入っているはずの、下ろしたばかりのお金がありません。

「あのばばあふざけんな!!」

と思って回りを見渡しましたが、もうすでにそのおばはんはいません。周りにベトナム人がたくさんいたので、現場を目撃している人はたくさんいましたが、当然傍観者を決め込んで知らないフリです。

あんな露骨なスリをされる世界があったんだと、気づかされたのでした。あんなおばはんに、ベトナムでの1年分の生活費を取られるとは。。

後になって、現場を目撃していたベトナム人のカップルが、バイクで私を追ってきて、「交番にいかなきゃだめだ!」と言ってくれましたが、そのとき私はベトナ ム人に対する不信感で気が立っていたため、無視して交番にも行きませんでした。その当時、私はベトナムでは携行品保証のある保険が使えるとは思っていませ んでした。

対策:スリは思いもしない方法でされることがあると心得る。盗られても大丈夫なように、携行品保障の含まれている海外保険に入る。盗られたらすぐに交番に届出をする。

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2013年3月16日土曜日

先日豪華ランチを食べたタージマハルホテルで同時多発テロ:インドで

これは私のインド留学中に起きたことではありませんが、私が訪れたわずか3ヶ月後に起きたことです。

タージマハルホテル author Joe Ravi, CC-BY-SA 3.0


バンガロールから北上し、ムンバイを旅行していたときです。私はムンバイといえば、アジア最高とされるタージマハルホテルということで、思い切ってホテル内のレストランで最高級のインド料理ランチを食べることにしました。

私がインドで食べた最高の食事でした。サービスから食事のおいしさまで、いたれりつくせりですばらしかったです。

その後、インド留学が終わって中国の成都に留学していたとき、あのタージマハルホテルが同時多発テロの現場の1つとなっていたことを知りました。(詳細はWikipediaを参考。)

少なくとも172人ないし174人(うち34人は外国人)が死亡、負傷者は239人という、凄惨なテロでした。

もし私が3ヶ月後にムンバイに行っていたら、とうの昔に私は世界から消えていたかもしれません。

対策:テロが起きそうな国には行かない。万一テロから免れたら、感謝する。

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2013年3月15日金曜日

バンガロールで同時多発テロに遭遇:インドにて

インドのバンガロールにある大学で、アメリカ人の優れた教授の元でまじめに勉強をしていたときのことです。



いつものように、大学での授業を終えて、近くにあるバンガロールNo.1のショッピングモールに勉強をしに行きました。

そして、いつもの通り、KFCで昼食を済ませて、いつものカフェでWIFIにつなげてPCに向かって勉強していました。

そのときは、何事もなく、いつも通りのショッピングモールで、いつも通りのことをしていたのでした。

そしてバンガロール繁華街にあるハードロックカフェに向かい、そこでも同じくWIFIにPCをつなげて、ハンバーガーを食べながら1日を過ごしていました。

私が来てからまもなく、クラスメイトのPHD生がやってきたので、一緒に勉強をしていたのですが、なんだか店内の様子がおかしい。

いつもは御礼満員になるはずのハードロックカフェに、お客さんがほとんど来ていない。

そこで、クラスメイトがニュースをチェックすると、なんとバンガロールの11箇所で、同じ時刻に時限爆弾が爆発していたのでした。

それも、私がリクショーに乗ってハードロックカフェに移動していたその時間に爆発したようです。

同時多発テロが起きてまもなく、私がさっきまでいたショッピングモールは閉館となったそうです。もう1時間でも長く滞在していたら、危うく追い出されるところでした。きっとそのときにいたお客さんたちは大パニックになっていたことでしょう。

次の日、インドの新聞に書いてある内容を頼りに、同時多発テロが発生した11箇所の1つで、自分の滞在先に一番近い、徒歩15分くらい離れたショッピングモール近くのバス停に行ってみました。

1日がたった今も、警察や野次馬インド人の数十人が群がっていました。確かに、バス停は屋根はくずれ、周囲の地面はえぐられて、警察が囲いを作っていたために、そばに近寄ることは許されませんでした。

身近にテロの危険を感じる、初めての体験でした。今回の同時多発テロは、脅しの目的だったようで、死者こそ出ませんでしたが、日本では実感のわきにくい、テロの起きる世界を目の当たりにしました。

対策:テロが起きたら、一刻も早くその場を離れる。
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2013年3月14日木曜日

過激派イスラム教徒によるバス襲撃を経て、無一文で4日野宿:インドにて

丸1週間の2度と忘れないであろうし、2度と来ることもないであろうトレッキングが終わり、シュリナガルに帰ってきました。



クレジットカードを無理に使おうとして、持っているクレジットカードがすべて止められていました。しかも、所持金は日本円でなんと60円。たとえインドであっても、これでは何もできません。

カードが止まっている場合はお金をニューデリーのインド人から借りれる(はず)という話になっていたので、船上ホテルのおっさんに「彼に電話してくれ。話があるから」と言ってお願いしました。

当然、彼は父親であることを隠したいので、最初はニューデリー男にまったくランダムな電話番号で電話をかけるなどという、安っぽいごまかしをしました。「違う。ちゃんとした番号にかけて」とお願いすると、今度は本当の番号に電話してくれました。

船上ホテルのおっさんは、「彼に電話してくれ」と言うだけで、だれに電話すべきかわかっていました。決定的なことに、そのときの彼の携帯電話の発信先は、彼の携帯電話にちゃんと名前で登録されていました。

本当は、ニューデリーのインド人に電話する理由は、お金を借りるためではなく、本当にこれが詐欺なのだと突き止めたかったからです。どうせお金を借りれないのはわかっていました。

電話で、ニューデリーのインド人は今マレーシアにいるからすぐにはお金を貸せない。ニューデリーに着いたらまた連絡して。なんて言われました。

もうどうでもいい。

さて、これからすることは、一刻も早くカシュミールを脱出して、ニューデリーに戻ってクレジットカードを使えるようにすることです。

所持金60円では当然払える交通費はゼロなので、船上ホテルのおっさんにバスチケットを買ってもらいました。観光客をカシミールから安全に帰さないと、政府の目があるため彼のビジネスも危うくなるようなので、すぐ払ってくれました。

そのバス運賃が、日本円で2500円程度。私が当時どれだけお金を持っていなかったかわかります。

そのバスが出発しました。久々のバスの感覚。懐かしさを感じながら、窓の外を眺めていました。
街のお店は、私が来てから2週間が経った今でも、すべて閉まっていました。

乗っているバスがカシミールとジャンムーの境界に差し掛かるとき、バスが銃を持つインド人(らしき人たち)の数人によって止められました。

と思うと、運転手席周りのガラスががしゃん!がしゃん!と叩き割られました。バス内は騒然とし、山のど真ん中で、バスのジャンムー地方への運行が不可になってしまいました。

私たちは、同じバスに乗って元来た道をたどってカシミールのシュリナガルに戻る人たちと、ニューデリー方面にトラックなどを見つけて進む人たちに分かれることになりました。

私は、シュリナガルに追加料金なしで戻って生き延びる方法を探すか、追加料金を払うかもしれないが、誰かにお金を借りながらニューデリーに戻るかの2択を選ぶ必要に迫られました。

そ のとき、たまたまオランダ人旅行者がいたおかげで、彼からお金を借りることができました。私が絶望の中、人生をあきらめていたようなとき、彼は短い間なが らも私に希望を与え、ニューデリーに戻るまでのサポートをしてくれました。

彼がなければ、私は今生きていないかもしれません。

私 たちは、4時間くらいして行きがかりのトラックの後ろに乗せてもらい、ジャンムー駅まで到着することができました。電車のチケットを買ってもらい、駅前で 数百人、いや数千人が川の字になって眠っている中に混ざって、次の早朝になるまで野宿をしました。お金のある人の中には、すぐそばのホテルに泊まる人もい ました。

そして、電車が発車する時間になり、私たちは電車に乗りました。その間、オランダ人やインド人が電車の中で買ったちょっとしたお菓子を分けてもらえました。

半 日くらいして、とうとうニューデリーに到着しました。バスが途中までしか走らなかったため、リファンドしてもらうためにバス管理局的なところに、オランダ 人と一緒に向かいました。しかし、残念ながらリファンドは住所を指定してそこに1週間以上かかってから届くので、期待外れに終わりました。

そのオランダ人は、最後まで心配してくれていましたが、ニューデリーには友人がいるから大丈夫、などと嘘をついて別れました。

さ て、その日は金曜日の夜です。インドルピーとしては日本円で60円しか持っていませんでしたが、カバンの中をさぐってみると、タイバーツが6000円分あ りました。

インドに行く際の乗継地として、タイの空港に着いた際に、カフェで仲良くなった店員さんと日本円とタイバーツを交換していたのでした。

タイバーツがあるので、月曜には銀行に行って交換できそうです。でも、少なくとも金、土、日の3日間を60円で過ごさなければなりません。もちろん、もしものときのために、60円すべてを使い切るわけにもいきません。

私は、なけなしのお金を使って、近くの地下鉄駅からコンノートプレイスに移動しました。

そう、カシミールに行くことになったあの思い出深いコンノートプレイスです。

コンノートプレイスであれば銀行がたくさんあるので、月曜になったらすぐに銀行に行けるだろうという判断からでした。また、ガイドブックなどもあの男の家に置き去りにしてきてますし、そこ以外に心当たりのある場所も思いつきませんでした。

コ ンノートプレイスでもホテルなどに泊まるお金などはありませんでしたので、ベンチで寝転がって寝ました。今更危険かどうかなんて知りはしません。夜中にな ると、人がいなくなって犬が群れをなして徘徊しています。狂犬病が流行っている犬に襲われるかなんてのも知りはしません。

ただ、周りに犬がたくさんいるせいか、寝ている間にノミに体中食われるのがちょっときつかったです。

安いクッキーだけ買い、あとは電車の駅に行って空のペットボトルに注いだ水で生きながらえていました。それでも結構きつかった中、日曜の朝にふらふらしていたところ、リクショーの運転手が「乗らないか?」と声をかけてきました。

「乗れないよ。金がまったくないんだ」と答えると、彼は「そうか。いいから乗せてやるよ。朝食を食べよう」と言って、すぐ近くにあるレストランで朝食をおごってくれました。

(インド人にだまされて、インド人に救われるんだな。インドも広いな。)なんて思いました。

そして、とうとう月曜がやってきました。すでにチェックしていた銀行のロケーションに行き、タイバーツをインドルピーに換金することができました。

クレジットカード会社に電話し、また使えるようにすることもできました。

お金が入って最初にしたことは、当然食べること!!

KFCに行って、はきそうになるほど食べまくりました。食べるってこんなに素晴らしいものだったんだなあ。たかがチキンかもしれませんが、私にとって、人生の中で最高においしく満たされる食事でした。

カ シミール旅行に行く前に考えていた、パキスタン、ネパール、バングラデシュ旅行あたりは、時間と予算の関係上行けなくなってしまいました。

それでも、性懲 りなくアーグラやハイデラバードを旅行し、足を曲げるスペースすらない立ちっぱなしでの真夜中の地獄の電車移動を得て、バンガロールに戻りました。

対策:いざというときに助けてくれる人はいるが、あてにするにはリスクが大きい。お金はやっぱり大事。

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2013年3月13日水曜日

K2に連なる標高5000メートルの美しい山頂で受ける「金、金、金」の営業活動:インドにて

次の日は、テントをたたんでから出発しました。また登って歩いてを繰り返していたら、次第に見かける羊の数が増えてきました。人が住む場所が近づいてきたんでしょうか。



山を登るようなことななくなってきて、丘をいくつか越えているうちに、半日くらいたって山の頂上に着きました。

見渡す限り、圧巻。K2の異様かつ威厳のある形が眼前に広がり、すぐ周りには年中氷の残る山々が連なっていました。緑の草原が広がり、羊が歩き回り、インド人が犬を使って羊を誘導していました。氷が溶けてできた、冷たく透明な川が流れていました。

あのインドとこの大自然。ギャップを感じて筆舌しがたい衝撃を感じた瞬間でした。

標高5000メートルを超えるその山頂では、基本的に大自然を眺める以外にすることはありませんでしたが、毎日近くの場所に連れて行ってくれたので、新しい世界を日々発見することができました。

2度と忘れられない大自然の姿は、人生観を変える以外の何物でもありませんでしたが、1点残念なことがありました。

「いくら追加で払えば、これが食べれるよ」「いくら払えば、滞在を延長できるよ」「いくら払えば、あそこに連れていってあげるよ」

食事の度に、俺を金づると思って金かかる話しかしない。俺はクレジットカードで2100ドルをドブに捨てたんだ。もういいだろ!と精神的にやられた私に追い打ちをかけるガイド。超気分悪い。

「いらん!もう二度と金の話はするな!」と怒鳴った後の、彼の次の言葉が「デリーに戻るにはバスがいるだろう。手配してやろうか?」

同じくトレッキングで一生懸命登った相棒がこれかよ。こんな寂しい思いを感じずにはいられませんでした。彼とはそれ以降、まともに口を利くことは二度とありませんでした。

ただ、そんな中で、ある拍子に彼があることを言いました。内容ははっきりとは覚えていませんが、その中で、ニューデリーで俺に声をかけたインド人が、船上ホテルのおっさんの息子だということがわかりました。

なるほどな。ニューデリーで観光客に声をかけ、ラダック旅行と言って安心させながら、実際にはカシュミールにある親の船上ホテルに送りこむビジネスをやってるのだとわかった瞬間です。

1度、イギリス人2人が私のトレッキング先に現れたことがありました。最初は私のガイドがイギリス人と話をしていて、「あのアジア人は誰だ?英語はしゃべれるのか?」と聞かれ、「何にも話さないよ」と答えてました。

実際には、それからそのイギリス人と私は、1時間くらいべらべら英語で楽しく話してました。お前が信用ならないからしゃべらないだけだよ!なんて心の中で思ってました。人間不信の極限に陥っている中、温かいイギリス人とのおしゃべりは救いでした。

対策:心が病みそうなときは、心の澄んだ人と接する。


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世界で2番目に高いK2を歩くトレッキングツアーでツアーコンダクターの餌食に:インドにて

そんな風にふらふらしているうちに、とうとう出発の時間が来ました。

ツアーコンダクター3人、それと馬と一緒に、道らしい道もない中、山をぐるぐると回っていきます。



さながら、西遊記です。森をひたすら登ったと思うと、今度は肌色の地肌がむき出しの斜面を歩きました。

これが結構すべる。

私は急遽カシミール旅行に来ることになったので、なんと草履でトレッキングするという無謀な状態で、何度も足は大丈夫かと聞かれました。

聞かれるたびに、「大丈夫大丈夫!」なんて答えるわけです。なぜかというと、大丈夫でないなんて答えたら、すかさずツアーコンダクターの靴を貸してくれるだろうからです。当然いまだかつて洗ったことのないような、ありえない汚れ方をした靴です。

でも、とうとう足がすべった拍子に、草履が壊れてしまいました。観念してぬるぬるしていてぶかぶかの靴を貸してもらうことになりました。

途中、本気で危険な崖を進むときに、馬に乗ることになりました。馬はすべらないかと思ったら、すべるすべる!馬の上で命を馬に託すのは、いただけません。怖さ倍増ですから。

でも馬には4本も足があるので、1本すべってもほかの足があるのですね。なんとか崖を転げ落ちることなく、トレッキングを続けることができました。


初日は山を登るだけで、日が暮れたら途中の休憩所でテントを張り、一夜を過ごしました。

テントの中で、インド料理を作ってもらいました。持ち運びできるコンロを取り出して、火を着けて鍋でぐつぐつ鶏肉をゆでてくれました。

今 さら、食べたくない、などとごねるわけにはいきませんが、鶏肉くさってないよな、鍋とか水筒とか、ちゃんと洗ってるのかな。水は大丈夫か?などなど、考え てもどうにもならないのですが、身体が身の危険を感じながらも、最後まで食べきりました。世の中あきらめが肝心ですよね。

対策:刺激的な人生経験はほどほどに



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2013年3月12日火曜日

真っ青にかびた「ごちそうの」パンを出してくれる高級トレッキングツアー:インドにて

人生で初めての、記憶に残る退屈な「豪華船上ホテル」をあきるまで堪能した後、トレッキングにでかける日になりました。



この日は朝早くから出発することになっていたので、外がまだ暗いうちからホテルを後にすることになりました。

車で2時間ほど、湖を横切り、山から山へと突っ走り、途中からは道路が砂利で崖同前の急斜面を進みました。

最後に着いた山奥は、小さな村で川がさらさら流れる、一見いい感じの村でした。

早めに着いたので、特に何もやることなく、小さなお店で1時間くらい時間を持て余した後、トレッキング責任者の家に案内されました。

この家が、ありえないくらいに汚かった。

家に入ると、まずパンをくれました。トレッキングに参加するのはお金持ちな先進国からのお客さんが多いためか、特別にパンをとってあったようです。

そのパンが、まりものように全面が青々としている。。

「いらない。おなかすいてない。大丈夫だから!」

「ごちそう」をもらわないように頑張って拒否しましたが、「今お腹がすいてなくても、山を登ったら絶対お腹がすくから、今食べなきゃだめだ」などと、押し売りをされ、とうとうそのまりもパンを食すことになりました。

確かにかじってみると、中はパンらしき色でした。味もパンっぽい。でもやっぱり味がやばい。さっさと飲み込んで、後は天に託しました。

次は、居間の方に案内されました。朝食の支度中で、トウモロコシのナン(丸くて薄っぺらいパンみたいなもの)を焼いていました。

ナンは通常私も好きなのですが、まず1つ問題がありました。

焼いたナンを地面に積み上げてる!

居間は薄暗く、3畳もない小さなスペースに、おじいさんおばあさんから、床を這っている赤ん坊まで10人ほどが生活していました。本当に歩く踏み場すらありません。

さらには羊まで。。 羊までベッドらしきスペースの中で、メーメーいいながら子供と一緒に戯れていました。

地面はすでに得体のしれない汚れ方をしていますが、ベッドスペースはまじでやばい。

見渡す限りカビで真っ青で、触るとなんか異様に湿ってる。

衝撃で言葉を失ってるうちに、ナンが焼けてきました。毛だらけで薄汚れたお皿に、地面に積んであったナンを載せて、私にくれました。

家族全員が私の食す瞬間に注目していました。私は覚悟を決めて食べる。

そして、気分が悪いといって早々に外に外出しようとしました。当然です。

すると、すかさず「疲れてるのか?」と声をかけられ、「そうだよ」と答えると、今度は2階に上がって休憩するよう促してくれました。

2階に上がると、そこそこスペースが広くて、壁から壁にひもがつるしてありました。そのひもには、なんと軽く数百はあるであろう服が掛けてありました。

(なるほど、あのありえないくらい部屋とこの服からして、ここの人たちは「洗う」という概念がないんだな) なんて思いました。

2階の布団のある小さなスペースに案内され、私はそこで仮眠を取ることにしました。

うつらうつらとしていると、まず、布団から漂う異臭に、鼻がおかしくなりそうでした。でもまあ、臭いくらいなら、口から呼吸すればなんとかなるかなと。

今度はブーンという音が聞こえてきました。

次から次へと、ブーンと言っては消えていく音を聞きながら、俺は寝るんだ、これからトレッキングでK2の方に向かうんだ、と自分自身に言い聞かせて、じっとしていました。

と、そのとき、布団の中に何やらブーン、カサカサと動く何かがやってきて、私の身体を這いまわっていました。

その気持ち悪さに、目をとうとう開けてみました。でも、まだ犯人が見えない。窓の周りを見ると、ハチが飛んでるのが見えました。

まさか!!! 慎重に慎重に布団をずらしてみると、大きな黄色いハチが!!!!

動くに動けないので、ハチが去るのを待ちながら、窓の外をのぞいてみました。すると、頭上にハチの巣が!!

ありえねえ!!!!! 私の身体を這いまわるハチが去り次第、私は全速力で外に走出ました。

外に出て、村を散策してみました。そんなに家がたくさんあるわけでもない中をふらふらしていると、遺跡っぽいところが見えました。見た感じでは、優に2000年近く歴史がありそうな、そんな趣を感じさせる石でできた寺院のようなところでした。

すぐそばに川があり、見てみると、インドにはとても似つかわしくない、濁りのまったくない美しい川でした(インドには失礼でしょうか)。

そんな村をふらふら歩いている間、優に数十人もの子供とすれ違いました。彼らは、私を見つけると、にこにこ寄ってきます。どの子も、言うセリフが決まっていました。

「ハロー。お金ちょうだい」

10歳にもならないような子供たちが、揃いも揃って私のような外国人を金づるだとしか捉えない。そんな子供たちと、そんな子供たちをそんなふうに教育している親たちに、寂しさを感じました。

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